シナプスのゴミ箱

このブログの内容はあくまで個人的所感であり、世間一般のそれとは異なる場合がございます

確実で曖昧なもの 1

しばらくの間躁転が激しく、まともに文章を書けない状態にあった
今回は比較的軽めの話題でそのリハビリがてらつらつらと書いていこうと思う

本題だ
「愛」とは何だろうか?

言葉というものは、だいたいの意味は共通しているものの、解釈するニュアンスは個々人で異なっている
そんな「言葉」を用いて行われるコミュニケーションは、とんでもなく繊細で絶妙なバランスを保たれているからこそ、成立する
しかし、「それ」への解釈が人によって大きく異なり、それでいて「己の解釈こそ社会の解釈と同じである」という錯覚に陥りやすい概念として、「神」と「愛」があると自分は考えている
この二つについて人間が論ずる時、お互いがお互い「自分こそ正しい認識」という前提条件の元で話し合ってしまう為、話が噛み合わずにズレが生じてしまう

ならば愛とは何だ?
言葉だろうか
性だろうか
金だろうか
施しだろうか

その答えを自分は持たない
あくまで自分が知りうるのは「自分の中での『愛』の定義」であり、他者の「愛の定義」は知る由もないのだ

よくあるカップルのすれ違いとして、「○○がちゃんと愛してくれないから」などというものがあるが、例えば片方の愛の定義が「言葉」で、もう片方の定義が「性」だった場合、その認識のズレを認識しない限りは「お互いに満たされない」状態になってしまうのだ
当たり前と言えば当たり前である
言葉を求める相手にひたすら性愛を向けても言葉にはならず、性愛を求める相手に言葉をかけ続けてもそれは性愛とはならない
まずそもそも、「愛とは何か」という擦り合わせが必要なのだ

と、ここまでつらつらと語ったが、実の所自分の愛の定義もまだ曖昧なのだ
今回は数個「定義としてありうるもの」を挙げてみたが、これ以外のどれかである可能性も十分にあるのだ

さて、あなたにとっての「愛」は、一体何だろうか?